前回、社員の立場から見た事業承継の出来事をご紹介しました。
今回は、取引先への影響についての出来事です。
あるITシステム開発会社の社長は、50代後半でした。社員5名の小さな会社で、社員は全員エンジニア。技術力には定評があり、案件が集中する時期には、複数の外注先にも協力を仰ぎながら対応していました。
社長はもともと、大手システム開発会社の出身でした。管理職になる話も出ていましたが、現場を離れたくないという思いから、独立して会社を立ち上げました。技術力はもちろん、顧客とのコミュニケーション能力も高いため、案件の割り振りも、取引先とのやり取りも、そのほとんどを社長一人が担っていました。
誰がどの案件を、どこまで進めているか。それを本当の意味で把握しているのは、社長だけでした。
ある取引先のシステムに不具合が発生し、社長が自ら修正にあたっていた、まさにその最中のことでした。
社長が急病で倒れます。
直そうとするほど、別の不具合が生まれた
社員たちは、エンジニアとして、すぐに対応を引き継ごうとしました。しかし、社長が「どこまで直し、何を確認している途中だったのか」という経緯が分からず、手を加えるたびに、別の箇所で新たな不具合が発生するという事態が続きました。
影響は、その1社だけにとどまりませんでした。他の進行中の案件も、次々と止まっていきました。そして、大口クライアントが大々的に発表していた、通販システムのリリースまでもが、時期未定となってしまったのです。
「お宅に頼んだのに、なぜ直せないんだ」
不具合の起きたシステムを発注した会社の担当者は、そう問い詰めたそうです。
技術力が高く、顧客対応もできる。だからこそ、社長一人に、あらゆる案件が集まっていました。皮肉なことに、その頼れる存在であったことが、社長が抜けた瞬間、複数の取引先の事業を同時に止めてしまう結果を招いたのです。必要だったのは、案件の状況を共有しておくことだけではありません。いざという時に、全体を見渡し、判断して指揮を執れる人間を、早いうちから育てておくことでした。これは、事業承継の問題でもあります。事業承継は、社員や家族だけに問題が起こる話ではありません。特に、特定の技術やノウハウを持つ会社ほど、その会社が担っている役割は、想像以上に大きなものになっていることがあります。つまり、中小企業庁も指摘している通り、強みのある会社であればあるほど、代わりが利かない分、いざという時の影響も大きくなるのです。
自分の会社が、誰にとって、どれだけ大事な存在になっているか。改めて考えてみると、備えの必要性が、また違って見えてくるかもしれません。
次回は、「時間」についての出来事をご紹介します。ある経営者との対話から見えてきた、事業承継にかけられる時間の話です。
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